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脳は怖い。

姉と次に会うのは映画祭かユーリノルシュテインか、の予定だったのに、姉が職場で倒れ、救急車で運ばれてそのまま入院。脳梗塞の初期症状だったみたい。
私が病院に行ったときにはもう普通に会話も出来たし、手が勝手に動くことも無く、大事には至らず本当に良かった。
でもMRI でもCT でも異常が見付からないってどういうこと?
退院したら、もうなるべく早くセカンドオピニオンしてほしい。
脳は怖いよ。

お別れ。

悼む人たちと、花を手向けて、手を合わせて…

そして、献杯
この記憶を共有出来る人がいることが心の底からありがたかった。
昔の事過ぎて、特別な時間過ぎて、起きていたことが本当に現実だったのか、自信が無くなっていたから。

でも、ノスタルジーを味わって良いんだって。
あの時代を一緒に過ごせたことは特別な事だから、ちゃんと思い出にして良いって。
沢山泣いて沢山落ち込んだら、いつか自分を許せるようになるって。
何もないより、思い出がある事に感謝しなきゃダメだって。

でも、優しいからって、ひとりでしんみりとお別れしたかったに違いない人に甘えて、ごまかして、一人になってから色んな反省の思いがごちゃ混ぜになってすごく落ち込んだ。はあ、もう。もう。もう。

ご迷惑お掛けした方、ごめんなさい。

ありがとうございました。

はじめの。

思い出したので書いておく。

合唱団とか家族以外で最初に私に沢山音楽を教えてくれた中学の美術の先生。
ジョン・レノンが好きで、ジョン・レノンの眼鏡をかけて美術を教えてくれた先生。
何故かその先生は、特に何かやったわけでもないと思うのに「学年いち感受性の強い生徒」と私を称し、サディスティック・ミカ・バンドとか 渡辺香津美とかプラスティックスとか、その当時でも同級生が絶対聞いていなさそうな音楽のカセットテープを色々くれて、音楽の話を沢山してくれた。
何十年も昔とはいえ、どう考えても女子中学生には渋すぎるラインナップだったなあ。ありがたい。
お元気かな。

今年の初映画観賞!

今年の映画スタートは、これしかないと思って見てきました。

『EIGHT DAYS A WEEK The Touring Years』

面白かった!!
ビートルズの記録映画としても興味深かったし、ビートルズにはジョンがいて、ポールがいて、リンゴもジョージもいて、誰か一人が、一人で孤独に戦うことなくいられた事が、本当にすごいことだと思う。
エンドロール流れた後にたっぷりライブがあって(終わりかと思ったから二度美味しかった)、初の球場ライブは機材もなく今なら無謀としか思えない公演だったと思うけど自分達は与えられた場で音楽を演奏するだけだ、というプロフェッショナルな姿勢は素晴らしい。
目が回りそうな大観衆の中で、冷静にただ一生懸命音楽を奏でることだけ、そのことを一生懸命やっている感じ。
音楽を演奏することで4人がまとまって、新曲を作り、冒険して進化して…長い年月を経てあんな良い映像と音で見られるのも、何だか色々考えてしまって胸が一杯になりました。

あの熱狂の大観衆の中で、ビートルズ見てみたかったな。
今年はポールが来日するから、行けたら良いな。

再会。

お正月に、かつて大変お世話になった、懐かしい先輩に会いにいく。
黙ってお店に行ってみた。

本当は一人付き合ってもらうはずがダメになり、一人で。
久しぶり過ぎて分かってもらえるか心配だったけど、なんとすぐ分かったらしい。嬉しかったけど、そんなことってあるのかなあ。謎。
彼のきっかけが無ければこのタイミングでの再会は無かっただろうし、彼が無事であったなら一生再会は無かったかも、と言われて、確かに彼の事が無ければ私も会いに行くきっかけが掴めなかった。
いま再会出来たのも、そんな風に思って貰えたのも、彼のおかげなんだと思った。

大好きだったのに離れてしまって長い時間が経ってもう彼は居ないけど、彼の周囲に居た人はみんな変わらず優しくて、彼にも許してもらってる気がする。

彼に出会った人たちが、優しい人に出会って、生き抜いて、出来るだけやりたい事をして、出来るだけ悔いの無い人生を送れますように。

極大前夜

月の無い快晴の夜空の下、姪っ子と二人で降るような星空を見上げていたら、北斗七星の右側からゆっくり、ゆっくりと流れ落ちる隕石のような星が出現した。
私たちは、その星を見守っていた。
その星は燃えながら流れ落ちてきて、激しく瞬きながらゆっくり視界から消えていった。

流星群極大の前夜のこと。
姪と二人、とても大事な話をしている最中に、見たことの無いような流れ星を見た。

思い出深い夜になりました。


https://matome.naver.jp/m/odai/2148337533996812301

大晦日

久しぶりに更新したと思ったら超個人的なことを書いてしまったので少し反省。
でもまあいいや。

来年はもうちょっと更新できますように。
個人が特定されない程度に色々書きたいと思います。

それから、今までみたいに出来ることをやってるだけじゃなくて、ちゃんと出来なかったことを出来るようにして、今一緒に音楽をやってる人たちが、私に寄り添ってもらうんじゃなくて好き勝手してる私に乗っかりたいらしいので、自由度を高めて気持ちよく乗っかってもらえるように頑張ります。

いま、北上中の電車の中。
透き通るように美しい夕焼けでした。

皆様良いお年を。

To know him is to …

気持ちが揺れてどうすればいいのか分からず自分をもて余していたけど、今後無いかもしれない機会をいま逃しちゃいけない気がして止まれなかったので動いてきた。

無視されたり、気にしているのは自分だけで存在すら忘れられていたとしても、それはそれで受け入れるつもりでいたけど、ものすごく久しぶりだったのにすぐ思い出してくれて、優しくて、もういいんだよ。うん、わかるよ。と言って貰って、ほっとした反面、何故こんなに素敵な人たちからあんな風に離れてしまったのだろう、と思って、また悲しくなった。

でも、本人には間に合わなかったけど、伝えられる人がいたことと、こんなに時間が経っているのにこの思いを受け取ってもらえたことを、本当に感謝してる。

素直に生きていくのは難しいけど悔いを残すような生き方はしたくない。
勇気が無かったり、タイミングが悪かったり、年を取って諦めが良くなってることもあって妙に我慢したりもするけど、どうしても我慢できないならどう思われようと素直になった方が良い。
いつ誰が死んじゃうかも、自分の命がいつ尽きるかも分からないのだから。
とはいえ、人に迷惑かけちゃいけないし、相手の気持ちもあるし、難しい。

今回のことはずっと引っ掛かっていたのに動けなくて間に合わなかった。それでもどうしても伝えたかった気持ちを伝えたことで、後日友人にちゃんとお別れ出来る事になった。
それは本当に良かった。

来年は、穏やかに暮らしていけるかな………

スタンダード

まだ半分子供だった頃、なんの躊躇いもなく信頼と友情を寄せてくれた、沢山の事を教えてくれた、同じ時間を過ごしてくれた、かけがえのない友人が手の届かないところに行ってしまいました。

いつか、謝りたいと思っていました。
何年先になっても、いつかどこかで再会できると信じていたかった。

でも叶いませんでした。

色んな失敗を繰り返して生きてきたけど、今までに無いくらい大きな悔いを残してしまった。
生きてさえいてくれていたら良かったのに。

彼が生きたいと思っていたに違いない1日を、生きてる間どんな風に過ごしていくつもり?
このまま動かないつもり?
動いた方が良いの?違う?

分からない。

ごめんなさい。
まだ自問自答の日々です・・・

小鹿と貴婦人

奥日光の戦場ヶ原で、初めて小鹿を見ました。

戦場ヶ原は何度も行っているけど、初めてです。

すごいね!本当にいるんだ。保護区域とはいえ、野生の小鹿。可愛かったなーー。

跳ねるように飛び回っていたよ。

あまりにも素早くて、画像残せなくて残念。

 

そのあと小田代原から千手ヶ浜までのバスに乗り、途中で「貴婦人」と呼ばれる美しく一際高い白樺を見ました。

 

「貴婦人」の名に相応しい佇まい。

 

時間と体力に限界があり、お天気も良くなくて

いつものイタリア大使館別邸もユーコンも行けなかったけど、

やっぱり奥日光って素晴らしい。

 

あ。戦場ヶ原には、梅雨がないんだって。

知らなかった。

台風の影響には勝てなかったけど、晴れたり降ったり。