当方ギタリストに非ず



専門外だけど持っている、元は白いギターだったのに、ギタリストに貸したら色もパーツも変えられて別物になって戻ってきた、世界に一本だけの、うちの山吹色のギター。


ずっと仕舞いっぱなしだったのでたまには弾いてあげようと思い、弦も張替えてスタンドに立てて置いてみたら、何だか可愛くて急に愛着が湧いてきた。引っ越しのごたごたの中、楽器類はずいぶんと人にあげてしまったけど、このギターはそういう気持ちにはなれずに持っていたので、手放さなくて良かった、と思う。


評判も上々で、うちに来た女子が可愛い!!と写真を撮っていったりする。
でもせっかくこんなに可愛いギターなのに、高校生の頃に譲り受けてからずっと持ってるのに、いつまで経っても私のギターの腕はあんまり進歩がないのだった。
私がこのギターに命を吹き込める日は来るんだろうか、、、今のレベルから脱することが出来る気が全くしない。




ふがいない持ち主でごめん。ギタリストじゃないからなあ。
でも大事にするよ。

銀河鉄道999!

BS2でやっていた銀河鉄道999、懐かしさがありつつも結構忘れていたので、新鮮な気持ちで見ました。


劇場版999のナレーション、城達也がやっていたんですね。うっとり。最後のナレーションが素敵過ぎました。


「いま、万感の思いを込めて、汽笛が鳴る。
いま、万感の思いを込めて、汽車が行く。


ひとつの旅は終わり、また、新しい旅立ちが始まる。


さらば、メーテル
さらば、銀河鉄道999


さらば、少年の日。」


じーん、、、、、(感涙)




このナレーションに続くテーマ曲がまた、めちゃくちゃイイんだな!ゴダイゴ、カッコ良すぎるでしょ!ミッキー吉野のキーボードソロも最高過ぎ!


テレビアニメ版のあの時代の雰囲気もたまりません。


メーテルやキャプテンハーロックはやっぱり憧れの存在です。


良いものを見ました。


でも気付くのがちょっと遅かった。再放送は、無いか、、、

コイン

ちょっと前回の続き。


子供の頃に抜けた歯を、「投げた記憶」と「枕の下に入れた記憶」。


何故両方あるんだろうと気になり母親に確認してみたところ、歯を投げたのは覚えているけれど、枕の話は知らないとのこと。


ハンカチで抜けた歯を包んで白い枕に忍ばせた記憶、、、あれは病院での記憶だったらしい。


誰だろう、、、


やっぱり一番濃厚なのは、遠くへ行ってしまってから入院中の私に手紙と外国のコインを送ってくれた、ボランティアのお姉さんだろうか。



それとも、担当でもなければ何科の先生かも知らなかったけどいつも様子を見に来てくれて遊んでくれて、お姉さんが作ってくれたという可愛い人形をくださった若い先生かもしれないし、
やっぱり担当でもなく何科の先生かも分からないけどしょっちゅう様子を見に来てくれていた、声が大きくて背が高くてひょろっとした先生かもしれない。


自分が陸上大会で勝ち取ったメダルを惜し気もなく私に渡してくれたインターンの先生かもしれないし、
すばらしいけんだまの技を教えてくれた器用なインドネシア人の先生かもしれない。



異動されるときに手紙で本当に大切な事を教えてくれた、大好きだった看護師さんかも。




コインの謎は確かめる術も無いけど、親切にしてくれたみーんなに、覚えてます、ありがとう、と伝えられたら良いのになあ。

秘密の人



子供の頃、床下や屋根裏に住んでいる何かの存在があった。


例えば、上の歯が抜けると軒下に、下の歯が抜けると屋根の上に歯を投げておまじないをしたし、またあるときには抜けた歯をハンカチに包んで枕の下に入れておくと、「秘密の誰か」が歯と引換に外国のコインを置いていってくれるのだ。


歯を投げた日には、自分のあの歯は今ごろ誰が何に使っているんだろうとドキドキしたし、枕の下に歯を忍ばせているときには「絶対寝ないで会えるまで起きていよう」と頑張ったりした。


物語や歌の世界を信じて、人間に見られてはいけない秘密が身近などこかに広がっていると信じていた。


実際には会ったことも見た事もないけれど、そんなふうに人と関わりのある「小さい存在」は、私が子供の頃には身近なものとしてあった。




何でこんなことを思い出したかというと、ジブリの新作「借り暮らしのアリエッティ」を見てきたから。




作った人は、この話が全然好きじゃなかったのかもしれない。理解出来ないかったのかも。


原作は、こんなに後味の悪い話なのかなあ。そんな、まさかね。


床下の小人たち―小人の冒険シリーズ〈1〉 (岩波少年文庫)

床下の小人たち―小人の冒険シリーズ〈1〉 (岩波少年文庫)



歴史

フリードリヒは宮崎駿の選んだ50冊の中には入っていなかったよ、と、本を買ってきた張本人の姉に伝えたら、「いれてよ!」と怒られました。うーん。まあ仕方がないよね。
良く考えてみれば、大人になってから、戦争ものの映画を見る事はあっても、「現場」へ行く事とか、有名どころの本を読む事に対して、自分がちょっと敬遠している気がする。わざわざつらくなりたくない、というか。


今、広島へ行っても、原爆ドームに入る勇気はやっぱり無いなと思うし、沖縄行っても遊んでばっかりいると思うし、戦争もので最後に読んだのは多分10年くらい前に母に借りて読んだ「夜と霧」で、その後は手に取ってないと思う。水木しげるの戦記ものは怖すぎるので、一度読んで、家に置いておけなくてすぐ手放してしまったし。
映画はそれなりに見てるかもしれないけど、それも出来ればあんまり見たくないというのが正直なところ。


でも、知らずに過ごせるからと言っても、やっぱりたまには、少しは通過しておくべきなんだろうなとも思う。
「夜と霧」の新版は読んでいないので、これは読んでおこうかな。

夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録

夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録


夜と霧 新版

夜と霧 新版


あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))

あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))

明→暗

宮崎駿が選んだ50冊の直筆推薦文展@西武池袋本店を見に行ってきました。
岩波少年文庫の中から、宮崎駿が50冊選んで推薦文を載せるという、素敵すぎる企画でした。


平和な気持ちで岩波少年文庫の中から宮崎駿監督に選ばれた50冊を見て回っていたら、急に思い出したのが、岩波少年文庫で読んで衝撃を受けた「あのころはフリードリヒがいた」。
ナチス・ドイツ時代の1920年代を舞台に描かれた本当に恐ろしく後味の悪い話だったのだけど、同じ頃に「ベトナムのダーちゃん」とか、「ねこは生きている」とか、「アンネの日記」とか、そういう暗い戦争ものに一気に触れたことで、ショックで眠れぬ夜を過ごしていたのでした。まあもともと寝付きの悪い子供でもあったけれど。


でも、「あのころはフリードリヒがいた」は今回推薦の50冊の中には入ってなくて、残念のような、でもちょっとほっとしたような気もしました。あの話は、平和なジブリの世界に浸っている子供たちにとっては厳しすぎるし。
子供心にああいう恐ろしい現実を知らせるというのも、とても大切なことのような気はしますが。


ところでポニョを見たとき、私はすごく怖くて、諸星大二郎か、高橋葉介の世界のようだと(好きですが)勝手に思ったのですが、子供たちは「ポニョかわいい!」って大喜びしていたわけで。同じようにポニョを見て恐怖したり、今回の50冊に入っていた「注文の多い料理店」や同じく宮沢賢治オツベルと象」を読んで怖いと思う子供ってあんまりいないんでしょうか。いることはいるのかな。


今の岩波少年文庫世代の子供が怖いものって、何なのかなあ。
あれ?話が変わっちゃった。すみません。

あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))

あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))

散歩道

今日は暑すぎず良い風が吹いていたので、引っ越してきてからまだ行った事の無かった近所の図書館に寄り道してきました。
図書館までの、生まれて初めて歩く1キロ程の道のりが、坂道が多くて曲がりくねっていて、そこそこの広さの畑があり、背の高い向日葵が沢山咲いているところがあり、どこか懐かしかった。そんな風景の中、夕方になってもなお眩しい陽射しと、時折吹きぬける強い風とが合わさって、何だかとても良い散歩になりました。


図書館は、こじんまりしていたけれど、布貼りのソファーやスツールが沢山置いてあって、居心地が良くて、ずいぶん長居して読みふけってしまいました。


近所に良い場所が見つかって嬉しい!momongaありがとう!


今日は夜更けになってもまだ良い風が吹いていて、満月を過ぎて間もない月が、空高く明るいです。


BSで「ドラゴン危機一髪」をやっていたけれど、今の気分ではなかったので、とりあえず録画して。
明日も良い風が吹くといいな。

ブラフマンの埋葬

ブラフマンの埋葬

微熱日。

いつの間にか真夏になってて、今日は、窓全開で風通しを良くしていた部屋の温度が34.5℃になっていました。


暑い…動けない…外出たくない…とウダウダしていたら、八王子在住の幼なじみから、「2階の部屋が微熱」というメールが。
添付画像を良く見たら「37.2℃」だって!!
そりゃ油断してたら熱中症にもなるよね。危ない危ない。


いくら夏でも、もうちょっと涼しくならないかなあ。